地震が起こるたびに、ラブホでバイトしていた時のことを思い出す。
機能を停止したオートロックは、ラブホを完璧な密室にしたのだった。
従業員は被害の大きさを調査した。
外に出ると辺り一帯が停電していた。
すぐに復旧するのかは重要事項だった。
電気が通らなければ、ラブホは密室だ。
電気が通らなければ、ラブホはサウナだ。
どうやら復旧までには時間がかかりそうだった。
そのため、フロント(正社員)は客を帰す判断をした。
帰宅を推奨すること、社員が扉を開ける旨を館内放送で流した。
清掃員(バイト)は外から鍵を開け、各部屋に入っていった。
このとき、客はどういった行動をとっていただろうか?
ある部屋では、暗闇の中、服を着てソファに座っていた。
ある部屋では、暗闇の中、ベッドで眠りに就いていた。
ある部屋では、暗闇の中、ガウンで抱き合っていた。
ある部屋では、暗闇の中、素っ裸で抱き合っていた。
ある部屋では、暗闇の中、セックスを継続していた。
………セックスを継続していた。
近代まで、地震といえば生命にかかわる天災だったはずだ。
のうのうとセックスを継続できる神経は何由来なのだろう?
現代日本建築の耐震性に揺るぎない信頼を置いているから?
遠距離恋愛で年に1回しか会えないような2人だったとか?
ダブル不倫のお楽しみ中で、快楽に溺れまくっていたから?
薬をキメていて地震や停電や放送に気づかなかったとか?
そのカップルは、「朝までいます」といって帰らなかった。
きっと、何かしらの譲ることのできない理由があったのだろう。
密室の中に閉じこもらなければならない、のっぴきならない理由が。
しかし、待ってくれ。
企業として、サービスの提供を中止するから代金は要らない、
申し訳ないけれど帰宅してくれと言っているのにですよ。
朝までセックスするとは何事だろう。
私は、そこに神代以前より続く深い闇を見たのだ。
原始の炎が渦巻き、太古のリズムが鳴動していた。
従業員の言葉は届かず、電気も通らず、姿も見えない。
地震を克服し、経済活動の輪から外れてセックスしている獣だ。
それはまさに21世紀だった。
そこに神はいるか。
そこに神が介在する余地はあっただろうか。
地域一帯が停電するレベルの地震で、
営業活動を停止したラブホテルで、
そんなことに一切構うことなく、
セックスを継続する男女は。
神も仏もぶん殴っているじゃないか。
そんな彼らを追い出すことは出来ない。
これはラブホの特性を表している出来事だったのではないか。
これがビジホだったら、大人しく帰宅の途についたのではないかと思う。
(いや、そうであってほしいという私の願望だ。)
だからこそ、僕以外の従業員も強くいって追い出さなかったのだ。
セックスとは何であるかをよく知っているジジババ達だったから。
(これも、そうであってほしいという私の願望だ。)
普通に考えて、ラブホで火災が発生した場合には従業員の指示に従うべきだ。
同様に、ラブホで地震が発生した場合には従業員の指示に従うべきだ。
しかし、だからこそ僕は言いたい。
澄ました顔でラブホを利用しているクソだせーお前らではなく。
神や仏をぶっ殺すセックスをしているあなた方に言いたい。
セックスの継続可否は、いつだってあなた方のものなのだ。
火事が起きようが地震が起きようが死が迫っていようが。
それでもセックスするあなた方こそが21世紀なのだ。
とはいえ普通に迷惑なので、異常事態発生時には従業員に従った方が良い。